ヨムタカの読書録

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<リチャード三世>~リアリスト男の激動な生き様

これほどに癖のある人物を主役に据えた戯曲も、現代の目線からするとかなり珍しく映る。見た目は醜悪だが冷徹で現実主義な男が、あらゆる人を口説き落とし、多くの人を殺害して、自らの野望を実現させ、最後には自ら運命に飲み込まれて命を落とす。なにか大きなものがゴロゴロと流れていくようなセリフと共に、激動の薔薇戦争を生き抜くリアリストな男の歴史劇。『リチャード三世』(ウィリアム・シェイクスピア 著/福田恆存 訳)

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急激な展開を納得させる台詞力

多くの名台詞を残したシェイクスピアだが、リチャード三世においてもその筆は遺憾なく発揮されている。僕の感覚ではシェイクスピアの他作品を読む場合、独白において、心打たれる部分が多く感じられるのだが、本作では他者との会話に心惹かれた。リチャード三世の才気煥発さはあらゆるシーンで感じ取ることができるが、強いて個人的なお気に入りを上げるとすれば、一幕二場のアンとグロスター(リチャード三世)のシーンだろうか。

グロスター:こうしてプランタジネット家のヘンリー王とエドワードと、二人を非業の死にあわしめた張本人こそ、首斬り役人も同然、憎んでも倦きたりぬ奴とは思いませぬか。

アン:呪われた運命、その、事の起りはお前なのだ。

グロスター:事の起りとあれば、その美しさだ。寝ても醒めても心を去らぬその美しい面影に、世のあらゆる男を手にかけてもと思いつめた、たとえ一時でも、その優しい胸に抱かれさえしたならばと。

アン:それと知ったら、ああ、人殺し、この爪で自分の頬を引き裂きもしたであろうに。

 アンというのは、リチャード三世が殺した王子エドワードと妻であり、同じくリチャード三世に殺されたヘンリー王の義理の娘にあたる。その人に向かって、リチャード三世は義父と夫を殺したのはあなたが美しすぎるせいだと、訳のわからない理屈をこね、その後愛の告白まで成功させる。最後にはアンも許しを与えるのだから、もはやまともな感覚では理解不可能だ。

もちろん劇中の話であり、特にシェイクスピアの時代の戯曲における人々の心情は文字通り『劇的に』変化するので、そのまま実生活の感覚に合わせるわけにはいかない。ただ、『いくらなんだってそれはおかしいぜ』と思われてしまっては当時の観衆へも響かないわけで、読んでいくと不思議と納得させられてしまうというか、本作であればリチャード三世の口八丁に舌を巻くことはあっても、そこまで強い違和感を覚えることはない。

リチャード三世の時代と歴史背景

シェイクスピアはあらすじを知っていないと初見ではわかりづらい作品が多いが、特にリチャード三世はシェイクスピアの時代を生きたイギリス人であれば当然に知っていた歴史をベースに書かれているので、現代の且つ日本人が読む場合は歴史的背景をさらった上で読んだ方が楽しめるだろう。

リチャード三世の時代のイギリスはフランスとの百年戦争と呼ばれる長期にわたる戦争(かの有名なジャンヌ・ダルクがフランスを逆転に導く)でほぼ負けが確定しつつある中、ヘンリ六世という王が即位していた。このヘンリ六世が敗戦のショックからか、精神病にかかってしまう。そこで王妃であるマーガレットが摂政に名乗りでるが、そこに王家親族のヨーク侯爵が待ったをかける。ここにマーガレット側(ランカスター家/赤バラが家紋)とヨーク侯爵側(ヨーク家/白バラが家紋)の薔薇戦争が勃発することになる。

このヨーク伯爵の3男がリチャード三世である。史実とは異なるが、本作に中では、リチャード三世がヘンリ六世を殺し、エドワード王子(先ほど抜粋したアンの夫)を殺し、実の兄を殺し、兄の子供(甥)を殺し、王位に就くという野望を果たすことになる。実は先ほど抜粋したアンはエドワード王子が死んだ後、史実でもリチャード三世の妻となっている。このアンの父親が強かな男で、ランカスター家についたり、ヨーク家についたりと娘の結婚を利用しながら、薔薇戦争でも重要な役割を果たしている。
最終的には、フランスへ退避していたリッチモンド(ランカスター家の人物だが、ヨーク家の女性と結婚)がリチャード三世を倒し、薔薇戦争は終結し、テューダ朝の開始となる。このテューダー朝の最後であるエリザベス女王の時代こそ、シェイクスピアが生きる時代でもあるわけだ。
シェイクスピアとしては、このテューダー朝の正当性を謳う為にも、リチャード三世は悪者である必要があったが、様々なところで言及されている通り、実際は甥や兄を殺したという証拠はなく、勤勉で公正な支配者だったようだ。
 

シェイクスピアの楽しみ色々

シェイクスピアが初見であれば、ややリチャード三世は楽しみずらいかもしれないが、かの有名なハムレットやマクベスであれば、同じ復讐劇でももう少し入りやすい。ただ、いずれもあらすじはさらってから読むことをお勧めする。特にあらすじを知ったからといって、楽しみが減少するような作品ではないし、むしろセリフ自体を楽しむことができるだろう。一読した後は、やはり戯曲なので、本ではなく舞台(DVDになってるものでもよい)を見てみることが最大の楽しみだろう。
また、少し歴史的背景も紹介したが、とてもじゃないが、薔薇戦争の全貌は書ききれない(とりあえず何人も同じ名前の人が出てきて理解するのに一苦労である。自分で家系図を書きながら、関連書籍を読んだ記憶がある)。ただ、実はこのリチャード三世の前にヘンリー六世3部作という作品もあり、もしこの時代をテーマとしたシェイクスピアに興味があれば、そちらに手を伸ばしてみるのもよいかもしれない。