ヨムタカの読書録

出会った本の感想録と歓びの共有を目指すブログ

<エマ>~自信過剰な甘やかされっ子の物語

エマは不完全な女性である。勝手に近所の男女に縁組を持ち掛けたり、自らの観察眼/分析能力を過信し、トンチンカンな不倫を想像したり、人の性格を決め付けたりと自信過剰な甘やかされっ子だ。然し、物語が進むにつれて、半ば親のような気持ちで、きっと同じような失敗を何度もする彼女を愛おしいと感じてしまうに違いない。『エマ』ジェイン・オースティン 著/中野 康司 訳/ちくま文庫

 

f:id:yomtaka:20200711120820j:plain

エマのダメダメな魅力

父親に甘やかされて育ったエマは、周りの人々へ余計なおせっかいを焼くことが趣味だ。

ハリエット・スミスの会話には頭の良さは感じられないが、とても感じのいい子だとエマは思った。内気すぎることもなく、無口でもなく、出過ぎたところもなく、自分の身分をわきまえている。(中略)しっかりした良識のある子だ。これは善導してあげなければいけないとエマは思った。そう、善導してあげなければいけない。

上記は近くに住むハリエット・スミスという女の子を勝手に教育して、立派なレディにしようと考えている時のエマの心情である。自らが気に入れば、素晴らしい人として評価し、勝手に上の身分と結婚させようとし、その結果スミスが過剰な自信をもってしまうと、エマは過大な望みを持たせてしまったと反省する。然ししばらくすると、またおせっかいの虫が騒ぎ出し、違う恋をスミスにけしかける。それだけ聞くとただの学習しないおバカさんだが、しばしば真理をついたような発言も目に付く。

非凡な能力の人が怠惰でいるより、並みの能力の人が最善を尽くすほうが、ずっといいわ。

 

たとえ愚かなことでも、頭のいい人が堂々とやると、愚かなことではなくなるんだわ。悪事はいつも悪事だけど、愚行はいつも愚行とは限らない。

賛否は色々あるだろうが、こうした発言は現代でも十分に価値のある議題だと言えるだろう。

上記ではダメダメながらも魅力あふれる主役エマにフォーカスしたが、その他にもジェイン・オースティンお得意の愚かでおしゃべりな夫人連中は本作でも登場し、我々を楽しませてくれる。また、エマの良き指導者でもあるナイトリー氏とエマの会話/掛け合いは思わずどちらかの味方につくか悩んでしまうような白熱した展開をみせる。 

 十八世紀末イギリスの身分制について

本書を通じて(本書のみならずジェイン・オースティンの作品ほとんどで)話題になっているのが『結婚』である。特に、本作品では『あの人とあの人では結婚の身分が違いすぎる』『彼はそんな身分違いの結婚をするほど愚かではない』等々、身分違いかどうかが至るシーンで話題となっている。

当時のイギリスの身分制度は、ざっくり言うと国王、貴族、ジェントリ(地主階級)、ブルジョア、庶民という形になっていたようである。もちろん、貴族の中には侯爵/伯爵等々、さらに階級は分かれていたし、ジェントリの中にも準男爵などの貴族に準じる称号をもつ人々もいたようだ。基本的にジェントリ以上の身分の人々は自ら働くことはなく、ジェイン・オースティンの主役たちの家も持っている土地の管理などをしつつ、使用人等を雇いながら、比較的裕福な生活をしている。

例えば、商人(いわゆるブルジョア層)の娘スミスが、ジェントリ階級のナイトリー氏に見初められようとするシーンではエマは『身分違い』だと言っている。しかし、産業革命以後、都市部ではブルジョア層の活躍は目覚ましく、フランス等の大陸諸国で革命が起きる中、イギリスでは徐々に議会での権力がブルジョアを中心にした市民層へ移っていく。

然し、今でもイギリスでは身分制度は残っており、お互い一定の住み分けをしながら社会が成立しているというは、大陸諸国と比べると稀有なことであり、それを成立させてしまうところにイギリス人の気質/魅力があるのかもしれない。

エマを好きになれるか

高慢と偏見 』のエリザベスとも違い、『マンスフィールドパーク』のファニー・プライスとも違う。この二人はどちらかというと、できた人間だが、エマは極端に言えば、自信過剰の勘違い女である。物語が進んでいく中で、なぜナイトリー氏がエマを気に入るのかわからないという人もいるかもしれないが、個人的には『ああ、なぜかそれでも好かれる女性いるよね』という気がしないでもない(しかもエマは美人だ)。僕としては、他の2人より人間味があり、愛せるキャラクターだと思うが、このあたりの好き嫌いは分かれるところかもしれない。

ネタバレになるので、触れていないが本作は少し推理小説要素も入っており、ジェイン・オースティン円熟期の作品として、様々な角度から楽しめる。ぜひ、裕福なジェントリのわがまま娘の物語に触れてみていただきたい。

 

 

エマ(上) (ちくま文庫)

エマ(上) (ちくま文庫)