<夜にあやまってくれ>~裂け目から覗く生々しさ
非常にスッと読みやすい歌が並んでいる。ただ、声に出して詠むというより、一人静かに黙々と心の中で詠むほうが向いている歌が多いような気がする。パッと見たときは思わず声に出してみたいような気持ちにさせられるのだが、よくよく見ると少し恐ろしい。短歌とはそういうものだと言われてしまえばそれまでだが、日常で目にする事物、感情から気味の悪い生々しさが覗いている。『夜にあやまってくれ』(鈴木晴香 著/書肆侃侃房)
ひねくれた恋
本歌集全体としては、恋愛を歌ったものが多いようには感じられるが、恋人や感情を真正面から歌っているように見えて、その捉え方はすこしひねくれている。幸せな瞬間を歌ってもよいはずの場面にも、少し空々しさや哀しさが添えられており、どこか世界を俯瞰してみるような、そんな印象を持たされる。
駆け引きも億劫になる花ざかり乞われるままの恋をしている
Tシャツに濡れる背骨に触れながら君の人間以前を思う
乞われる恋というのはきっと誰かに迫られているということだろうか。相手による部分もあるが『花ざかり』な女性にとっては、誰かに恋されているというのは基本的には自慢すべきとこだと思うが、諦めに似た感情にフォーカスされている。二首目については、背骨から恐竜の化石ようなものを連想しているのだろうか、屈折した愛を感じる。
恋とは関係なく、ふとした瞬間に目の付くものを描いている歌にも少し不穏な空気が漂う。
うつ伏せた鏡は床の傷跡を一晩中映しているだろう
晴れた夜の天気予報は退屈な月を地球に降らせるばかり
『 うつ伏せた鏡』が映しているものを現実的に見ることはできない。映しているかどうか確認するすべはなく、誰にも見えなくても、そこで起っているのだろうというのはただの想像でしかない。ただ僕らはそれを前提に過ごしていくしかない。夜が晴れの場合は、天気予報に月マークが表示される。鬱屈とした気持ちがそのマークと結びつけば、退屈さを象徴するように感じられるのもわかる気がする。
単品として、歌集として
本歌集は二部構成になっており、各部の中でもテーマ別に10首ずつが分類されている。ただ、特に構成を気にせず目に留まった一首だけでも十分に楽しむことができる。僕も最初はあまり構成を気にせずじっくりと読んだ。僕は特に気に入った歌には付箋を貼ってるのだが、最後は付箋だらけになってしまった。本歌集は気分によって自分に響く歌も変わってくると思うので、ぜひ度々手に取ってテキトーにページを開いてみてもよいと思う。